雑学

村上春樹の旅行記

村上春樹の旅行記

作家の村上春樹さんと言えば、小説家として有名だが、実は旅行記が面白い(と僕は思う)。

村上さんの旅行記のなかで有名な一冊が『辺境・近境』で、世界の辺境や近境(故郷の神戸)を回ったときの紀行文が綴られている。

たとえば、村上春樹さんが1992年7月に旅をしたのがメキシコ(「メキシコ大旅行」)だ。

個人的には、メキシコというと、ほとんどあやふやな先入観やイメージのみで、街もメキシコシティくらいしか聞いたことがなかった。

この旅行記では、ブエルト・バヤルタや、アカプルコ、オアハカなど初めて目にする地名ばかりが登場する。

画像 : 村上春樹『辺境・近境』

聞いたことのない名前がたくさん登場するので、地名自体は覚えられないが、細部の描写がしっかりしているし、村上さん個人の感想や見た景色も描かれているので、知らない土地の話でもとても読みやすくなっている。

村上春樹の小説は苦手だ、というひとにも、旅行記ならおすすめできると思う。

村上さんは、メキシコ旅行の前半をひとりバスで、途中、カメラマンの松村映三さんと村上春樹作品の翻訳者のアルフレッド・バーンバウムさんと合流する。

このメキシコ旅行記は、『マザー・ネイチャーズ』という雑誌に掲載された。

面白かったのは、冒頭の文章、旅行中にメキシコ人と話した際、しばしば問われるという質問の話だ。

一ヶ月ばかりメキシコを旅行しているあいだに、そこで出会った何人かの人々から「あなたはどうしてまたメキシコに来たんですか?」という質問を受けた。そしてそのたびに僕は軽い混乱を経験することになった。

その質問には〈他の国ではなくて、なんでわざわざメキシコを旅行の地として選んだのですか〉というニュアンスが含まれているように感じられたからだ。

出典 : 村上春樹『辺境・近境』

こんな質問は、過去ギリシャでも、トルコでも、ドイツでもなかったと言う。

それぞれの国の人々は、誰かが自分たちの国に旅行に訪れることは、ある種当然のこととして受け止めているようだった、と。

そして、その考え方は、まっとうなことのように思える、と村上さんは書く。

旅行者は旅行をし、どこかの国を訪れる。その国が、自分たちの住んでいる国でも、特段の不思議はない。

しかし、メキシコ人は、「いったいなぜ、メキシコを訪れたのか」ということが気になるようだ。

この件について、村上さんは、旅行前にアメリカ人のジャーナリストにアドバイスを受けたと言う。

もしメキシコ人に、どういう理由でメキシコをそんなに長く旅行しているのだ、と訊かれたら、メキシコ料理に関する本を書こうとしているんだ、と答えるといい。「それが彼らが納得する唯一の理由だ」

ただし、この料理をメキシコ旅行の理由に挙げると、ひとつだけ問題が発生する。

彼らがメキシコ料理について一度話し出すと、永遠に止まらず、特に、「おっかさんの自慢の家庭料理」の話が続く、と村上さんは書いている。

また、村上さんが旅行中、バスのなかで延々メキシコの歌謡曲が流れ続けたことに辟易した、という描写もあることから、メキシコ人が、「なぜメキシコへ旅行に?」と疑問は持っても、彼らが決して自分たちの文化が好きではない、というわけではないようだ。

行ったことがない、そしてたぶんこの先も行くことがない旅先の話は、ほとんど小説の世界と変わらない不思議な物語のようだった。

他にも、村上春樹さんの旅行記では、『遠い太鼓』や『ラオスにいったい何があるというんですか? 紀行文集』などもある。

ある朝目が覚めて、ふと耳を澄ませると、何処か遠くから太鼓の音が聞こえてきたのだ。ずっと遠くの場所から、ずっと遠くの時間から、その太鼓の音は響いてきた。── その音にさそわれて僕はギリシャ・イタリアへ長い旅に出る。1986年秋から1989年秋まで3年間をつづる新しいかたちの旅行記。

出典 : 村上春樹『遠い太鼓』

旅行記としては、『遠い太鼓』もだいぶ面白く、リラックスして読める一冊だと思う。

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桜のきれいな町に住んでいるピエロです。