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映画『ライ麦畑の反逆児』のウィット・バーネット役ケヴィン・スペイシーの演技

映画『ライ麦畑の反逆児』のウィット・バーネット役ケヴィン・スペイシーの演技

*文中に内容のネタバレを含みます。

20世紀半ばにアメリカの若者のあいだで熱狂的に受け入れられ、今なお世界中で読まれ続けている小説『ライ麦畑でつかまえて』。

その作者JジェロームDデイヴィット・サリンジャーの伝記映画『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』の登場人物のうち、重要な役割を果たすのが、サリンジャーの才能を見出した恩師でもある、ケヴィン・スペイシー演じるウィット・バーネットだ。

バーネットは、コロンビア大学の創作講座の講師で、自ら創刊した文芸誌『ストーリー』の編集長も務める。『ストーリー』は一九四〇年代アメリカの重要な雑誌のひとつで、主要作家の最初期の作品を出版している。

サリンジャーも、彼の講座を受け、また自身にとって初の原稿料二十五ドルを受け取る作品『若者たち』を掲載したのも『ストーリー』だった。

映画に出てくるウィット・バーネットはとても魅力的な人物で、書くことに対する情熱があり、知性とユーモア、愛情と厳しさを兼ね備えている。

サリンジャーが授業中バーネットに皮肉を飛ばすと、バーネットはすぐに皮肉で返し、生徒たちを笑わせる。この応酬も面白く、またサリンジャーがカフェにいるバーネットを探し、直接質問をすると丁寧に答え、直後の授業ではその質問に関する講義も行った。

そして、サリンジャーが『ストーリー』に自分の作品を載せて欲しいとお願いした際には、内心ではすぐに掲載を決めていても、いったんは不採用と伝え、サリンジャーが不採用に耐えながらも書き続けられるかを見守った。

精肉やチーズの業界で成功を収めた実業家の父親に、自身の夢や才能を否定され、抑圧されてきたサリンジャーにとって、優しく、また欠点は欠点として指摘し導き手となるバーネットは父親のような存在だった(もしかしたら『ライ麦畑でつかまえて』に出てくるアントリーニ先生のモデルになった人物なのではないかと思う)。

作中、最初のほうでバーネットの創作講座のシーンが続くが、講座ではバーネットの魅力的な人物像が描かれ、また純粋に「書くこと」の講義としても惹き込まれる内容となっている。

たとえば、作家の独自性には、その作家のヴォイスが必要だが、声は物語ストーリーにならなければいけず、声が物語を邪魔してはいけない、とバーネットは語る。もし、声が物語を圧倒してしまうようなら、それは単なるエゴの表現になり、読者は置き去りになる。

声を重んじつつ抑え、物語にすること。

授業の課題として生徒たちに五ページの物語を書いてくるように言い、その際に意識することは、「単調に朗読されたとしても読者を惹きつけることができるか」とバーネットは告げる。

あるいは、サリンジャーの『ストーリー』掲載を断ったときには、作家にとって二番目に大事なことは「不採用に耐えること」と彼に語り、その後別の雑誌『ニューヨーカー』から不採用通知をもらったときにも、「初の不採用通知か、額に入れて飾れ」「作家の仕事は、“次を書く”、そしてまた“次を書く”、また“次を書く”」と鼓舞する。

サリンジャーが、「向いていないかも」と弱音を吐くと、バーネットは彼に「作家」になる覚悟を問う。

以下は、映画に登場するバーネットの台詞であり、この台詞が映画のラストに繋がっていく。

一生、不採用で終わるかもしれない。

自分に問うてみろ。君に生涯を賭して物語を語る意志はあるか。

何も見返りが得られなくても。

出典 :『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』

こうして作家サリンジャーの生みの親と言ってもいい存在だったバーネットだが、その後、バーネットとサリンジャーは袂を分かつ。

サリンジャーが戦地に派遣され、無事帰還した際、サリンジャーの選集が出版されるはずだったのが一転困難になった。バーネットの会社の提携先が出版を拒否してきたとバーネットはサリンジャーに説明するが、サリンジャーは納得しない。

このときすでに悲惨な戦争体験から神経衰弱に陥っていたサリンジャーは、彼の一言一言や態度が気に障り、激怒して彼のもとを去る。

そして、以来長く彼を許さない。バーネットはサリンジャーのことを思って必死に出版にこぎつけようとしたにも関わらず、なぜそれほどまでにサリンジャーはバーネットを恨むのだろう、と映画を見ても疑問に思うが、もしかしたらそれは彼が父親に近い存在だったからなのかもしれない。

それにしても、バーネットという人物の人柄も魅力的だが、演じたケヴィン・スペイシーがまた抜群によかった。この世界を生きていた。

ライ麦畑の反逆児©️ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー

前半の厳格できりっとし、かつユーモアに溢れたバーネットと、後半の経営が傾き、サリンジャーの許しも得られず弱気になっている少し老いたバーネット。

その両方が矛盾なく演じられ、彼のヴォイスと存在感とが、この実話をもとにした伝記映画をいっそうリアリティを持った世界に仕立てていた。

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桜のきれいな町に住んでいるのんびりしたいピエロです。映画と読書、その他、色々と好きです。