樹木希林とひとかけらの純粋さ
生前、女優の樹木希林さんが、夫である内田裕也さんについて語っていた言葉が、「夫の中には今も、純粋なもののひとかけらがみえるから」。
樹木希林さんは、1943年に生まれ、2018年に亡くなる日本を代表する名女優で、1973年にミュージシャンの内田裕也さんと結婚する。
しかし、結婚から一年半後には別居、以降、離婚をすることなく最後まで別居生活は続いた。
薬物で逮捕歴もあり、ギャンブル癖もあった夫の内田さんと、樹木希林さんは最後まで離婚することはなかった。
その理由を語る際に挙げたのが、冒頭の言葉だ。樹木希林さんの名言を収録した『樹木希林 120の遺言』に、次のような言葉が載っている。
籍を入れた以上、引き受けていくしかない。夫の中には今も、純粋なもののひとかけらがみえるから。
出典 : 樹木希林『樹木希林 120の遺言』
どんなに混沌として、破天荒で、滅茶苦茶であっても、最初の頃から変わらない、「純粋なもののひとかけら」が見える。
ただ純愛というだけでなく、「引き受けていくしかない」という言葉から、ある種、希林さんにとっては内田裕也さんと出会い、愛した、ということを業のように捉えていた面もあるのかもしれない。
しかし、同時に、ほんとうに希林さんにとっては、裕也さんのなかに、ずっと変わらない純粋なもののひとかけらが見えたのだろう。
希林さんの告別式で、喪主代理として挨拶を行なった娘の内田也哉子さんも、挨拶のなかで、かつて母に「なぜ、こういう関係を続けているのか」と訪ねた際、「お父さんには一かけらの純なものがあるから」と返ってきた、と語っている。
そして、死後、希林さんの書斎を整理していたら、本棚から一通の手紙を見つかった。
それは結婚一年の1974年10月19日に、ロンドンから内田裕也さんが送ったものだった。
「結婚一周年は帰ってから2人きりで。この1年、いろいろ迷惑をかけて反省しています。裕也に経済力があれば、もっとトラブルも少なくなるでしょう。俺の夢とギャンブルで高価な代償を払わせていることは、よく自覚しています。本当に心から愛しています。」
この手紙を母が大切に自分の本棚にしまっていたことに、也哉子さん自身、長年許し難かった両親のあり方に対するわだかまりが、すっと溶けていったと言う。