『ライ麦畑でつかまえて』のあらすじ
『ライ麦畑でつかまえて』とは
*文中に内容のネタバレを含む。
米国人作家J・D・サリンジャーによる小説『ライ麦畑でつかまえて』。
野崎孝訳のこの邦題がもっとも有名だが、原著の題名は、『The Catcher in the Rye』(近年出版された村上春樹訳では、そのまま『キャッチャー・イン・ザ・ライ』としている)。
原著は1951年、リトルブラウン社から出版され、たちまち若者を中心に絶大な人気を博し、世界中に広がる。日本語版の『ライ麦畑でつかまえて』は、1964年に出版された(最初の日本語訳は、1952年、『危険な年齢』という邦題で出版される)。
この『ライ麦畑でつかまえて』という作品は、主人公である16歳のホールデン・コールフィールドが、クリスマス前のニューヨークを巡り、社会に対する不満や無垢なものへの憧れを吐露し、その狭間で揺れる青春物語である。
作者のサリンジャー自身は、この『ライ麦畑でつかまえて』の他に数作だけを残し、その後は一切作品を公表せず、ニューハンプシャー州の小さな町で隠遁生活に入る。
その辺りの経緯は、伝記映画『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』に詳しい。
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作品のタイトルは、小説のなかで、ホールデンが子供たちの歌っている歌詞を、「ライ麦畑でだれかがだれかを捕まえたら」と間違って覚え、その後、妹のフィービーに、自分はライ麦畑で遊んでいる子供たちが崖から落ちそうになったら捕まえる役になりたいんだ、と語る台詞に由来する。
この小説は、ジョン・レノンを殺害したチャップマンや、レーガン大統領の暗殺未遂犯の愛読書だったこととしても知られている。
以下、小説『ライ麦畑でつかまえて』のざっくりとしたあらすじとなる。
一応、あらすじはネタバレになるので、まだ読んでいない人は注意してほしい。ただ、この作品は、染み出してくるホールデンの葛藤や描写、会話のやりとりが魅力で、特にあらすじを知ってしまったからと言って、作品が色褪せるということもないのではないかと、個人的には思う。
あらすじ
登場人物
●ホールデン・コールフィールド
主人公。16歳で、ペンシー学校の3年生。世の中の色々なことに苛立ち、すぐに気が滅入って嫌になる。ライ麦畑のつかまえ役になりたいとフィービーに語る。
●フィービー
ホールデンの幼い妹。作中では無垢の象徴でもあり、ホールデンに対し、はっきりと意見もする。
●DB
ホールデンの兄。作家で、ハリウッドに移り住む。代表作は『秘密の金魚』。ホールデンは兄の作品が好きだと言うが、一方で、ハリウッドに行き、兄は自分が忌み嫌うインチキになっているのではないか、という矛盾した感情も抱く。
●アリー
ホールデンの二つ下の弟。数年前に病気で亡くなる。家族でいちばん頭がよく、性格もよかったとホールデンは思い出すように語る。
●スペンサー先生
ホールデンの歴史担任の先生。年齢は夫婦ともに70歳くらいで、ナバホの毛布がお気に入り。
●アックリー
ロバート・アックリー。年齢は18歳。4年生。ホールデンの寮の部屋の隣室の住人。身長が高く猫背で不潔。ストラドレイターのことを嫌っている。
●ストラドレイター
ホールデンのルームメイト。自己評価が高く、うぬぼれ屋。
●ジェーン・ギャラハー
ホールデンが以前仲のよかった女の子で、ストラドレイターがデートをすると聞き、ホールデンは嫉妬する。
●サニー
若い娼婦。
●ヘイズ
何年も前からの付き合いがある美人の少女。
●アントリーニ先生
高校の恩師。優しく助言をほどこすが、幼児性愛的な何かをホールデンが感じ取り、驚いて家を飛び出す。
小説『ライ麦畑でつかまえて』の主人公の名前は、ホールデン・コールフィールド。年齢は16歳。物語は、病院(本人は結核のせいだと言うが、“とんま”な精神分析医についても軽く触れられ、この病院は精神病院ではないか、というのが定説となっている)で療養中の17歳のホールデンが、16歳のクリスマスのときのことを回想する形で始まる。
ホールデンは、ペンシルベニア州の全寮制のペンシー高校に在籍していた。英語だけは成績が良かったものの、4科目で落第点となる。
警告を受けても勉学に身が入らなかったことが理由で、ホールデンは退学処分を受ける。彼は、過去にも退学を繰り返し、この学校で4校目だった。
序盤、ホールデンは、学校のフットボールの観戦には行かず、少し離れたトムセン・ヒルのてっぺんから試合を見下ろすように眺め、それから、歴史の教員であるスペンサー先生の家に別れの挨拶に行った。
しかし、室内に錠剤が転がっていたり、しょぼくれたバスローブを羽織っている先生の姿に気が滅入り、また、つまらない講釈や自身の答案を読み上げられることにもうんざりしたことから、ホールデンは、スペンサー先生の家を出る。
ペンシーの寮に戻ると、ホールデンは、観戦に行ってほとんど誰もいない暖房の効いた部屋で、図書館から借りてきた本を読む。
普段から本はたくさん読んでいたホールデン。一番好きな作家は、兄のD・B。次がリング・ラードナー。読み始めた途端、隣の部屋のアックリーが顔を出した。アックリーは身長が高く、猫背で、歯はおぞましいほどに汚かった。彼の絡みに、その都度ホールデンは苛立った。
その後、ルームメイトのストラドレイターが部屋に戻り、ホールデンに上着を貸してくれ、と頼んできた。
ストラドレイターのことが嫌いなアックリーは、自室に戻っていった。
さらに、ホールデンは、ストラドレイターから、作文の代筆も求められた。ストラドレイターが、ジェーン・ギャラハーというホールデンが一昨年の夏に仲良くしていた女の子とデートに行くと知り、ナーバスになったホールデンは、気になって色々と質問するが、適当にあしらわれる。
ホールデンは、食事のあと、アックリーと、寮の友人のブロッサードと三人で外出し、夜になって寮に戻る。
それから、ストラドレイターに頼まれていた作文に取り掛かり、白血病で亡くなった弟アリーの野球ミットに関する作文を書く。
終わったのは、夜の10時半だった。
デートから戻ってきたストラドレイターは、作文の内容に文句を言い、ギャラハーのことが気になり苛立っていたホールデンは、作文を奪い取って破り捨て、しばらく口もきかなくなったあと、ホールデンはストラドレイターに泣き叫ぶように殴りかかるが、逆にホールデンが殴られ、鼻血を出して床に倒れる。
こんな学校は退学になって追い出される前に自分から出ていこう、とホールデンは寮を出てニューヨークに向かうことにする。
その電車のなかで、モロウというペンシー学校の同級生の母親と出会い、彼女に、偽名を使って脳に腫瘍があると嘘をつく。
ニューヨークでは、ホテルを取り、ロビーで出会った女の子たちとダンスを踊ったり、ピアノの演奏を聴くが、すぐに全てが俗物的でインチキなものに思えてくる。
気分が滅入ったホールデンが、ホテルに戻ると、エレベーター係の男に、「娼婦を買わないか」と誘われ、5ドルで了承するものの、部屋を訪れた女性のサニーとは、会話をするだけで何もせずに帰らせる。
しかし、まもなく先ほどのエレベーター係の男が、10ドルだと言いがかりをつけ、ホールデンが反抗すると殴られる。
翌朝、ホールデンは女友達のサリーと電話でデートの約束をし、朝食を取っていると、二人の尼が隣に座った。ホールデンは、彼女たちに声をかけ、『ロミオとジュリエット』の話をしたあと、10ドル寄付をする。
ホテルを出てから、道を歩いていると、子供たちの歌声が聴こえてくる。
スコットランドの民謡で、「ライ麦畑で誰かが誰かを捕まえたら」と歌っている。
これは、『Comin’ Thro’ the Rye』という曲で、実際の歌詞は「ライ麦畑で誰かが誰かと出会ったら」であり、ホールデンは間違って覚えていた。
この歌声に少し気分が晴れたホールデンは、セントラルパークでサリーと落ち合い、一緒にブロードウェイの演劇を観るものの、また、すぐに役者や観客の嘘臭さに気分が滅入る。
それから、スケートリンクに行ってアイススケートをした。
ホールデンが、突然サリーに、田舎で聾唖のふりをしながら自給自足の暮らしをしよう、と持ちかけるが、相手にされず、ホールデンは彼女に、「君みたいなスカスカ女にはうんざりだよ」と言って怒らせる。
一人になったホールデンは、映画を観たり、高校の指導係だったカール・ルースと会って会話をするが、ますます気分が落ち込んでくる。
その後、ホールデンは、家に戻って妹のフィービーに会おう、と思う。
フィービーと再会するも、ホールデンはフィービーに、「世の中のすべてが気に入らないだけ」と言われ、ひどく落ち込み、「ライ麦畑の捕まえ役になりたいんだ」と訴える。
だだっぴろいライ麦畑みたいなところで、小さな子どもたちがいっぱい集まって何かのゲームをしているところを、僕はいつも思い浮かべちまうんだ。
何千人もの子どもたちがいるんだけど、ほかには誰もいない。つまりちゃんとした大人みたいなのは一人もいないんだよ。僕のほかにはね。
それで僕はそのへんのクレイジーな崖っぷちに立っているわけさ。で、僕がそこで何をするかっていうとさ、誰かその崖から落ちそうになる子どもがいると、かたっぱしからつかまえるんだよ。
つまりさ、よく前を見ないで崖の方に走っていく子どもなんかがいたら、どっからともなく現れて、その子をさっとキャッチするんだ。
そういうのを朝から晩までずっとやってる。ライ麦畑のキャッチャー、僕はただそういうものになりたいんだ。たしかにかなりへんてこだとは思うけど、僕が心からなりたいと思うのはそれくらいだよ。
出典 : J・D・サリンジャー(村上春樹訳)『ライ麦畑でつかまえて』
両親が帰ってきたので、見つからないように家を抜け出し、高校の恩師のアントリーニ先生のもとに行くホールデン。暖かな部屋で、アントリーニ先生がホールデンに助言を与えるが、ホールデンは眠くなる。
いつの間にか眠っていると、アントリーニ先生が頭を撫でていることに気づき、驚いたホールデンは慌ててアントリーニ先生の家を飛び出し、駅で一晩を明かした。
翌朝、森のそばに小屋を建て、耳が聞こえないふりをして世間から身を隠して暮らそうと決め、別れを告げるために、もう一度フィービーと会う約束をする。
外で待ち合わせし、その話を聞いたフィービーは、自分も一緒に行く、と言うが、ホールデンは拒否し、険悪な雰囲気のまま動物園に入る。
動物を眺めているうちに落ち着いたフィービーに、ホールデンは回転木馬に乗るように勧める。雨が激しく降るなかで、回転木馬に乗っているフィービーを眺めながら、ホールデンは強い幸福感を覚える。
フィービーがぐるぐる回り続けているのを見ているとさ、なんだかやみくもに幸福な気持ちになってきたんだよ。あやうく大声をあげて泣き出してしまうところだった。
僕はもう掛け値なしにハッピーな気分だったんだよ。嘘いつわりなくね。どうしてだろう、そのへんはわからないな。
ブルーのコートを着てぐるぐると回り続けているフィービーの姿がやけに心に浸みた、というだけのことかもしれない。いやまったく、君にも一目見せたかったよ。
出典 : J・D・サリンジャー(村上春樹訳)『ライ麦畑でつかまえて』
それから、ホールデンは家に戻り、ラストは、長い回想シーンが終わると、「今」になる。
ホールデンは、病院に入院しているようで、精神分析医やら多くの人が、秋からどんな学校に行く予定か、学校に戻ったらしっかり勉強するか、と尋ねるが、そんなのは「とんま」な質問だよ、とこぼす。
先になってしていることは、実際に先になってみないとわからないよ、と。そして、最後に次のようにホールデンが語って、『ライ麦畑でつかまえて』は終わりを迎える。
君も他人にやたらと打ち明け話なんかしない方がいいぜ。そんなことをしたらたぶん君だって、誰彼かまわず懐かしく思い出しちゃったりするだろうからさ。
出典 : J・D・サリンジャー(村上春樹訳)『ライ麦畑でつかまえて』
以上、『ライ麦畑でつかまえて(キャッチャー・イン・ザ・ライ』のあらすじである。